教育者とは
中学生の頃、私はアメリカに一人で旅立つ決意をしました。
「自分の可能性に挑戦してみたい」
「広い世界で多くの出会いをしてみたい」
そんな願いから、16歳で海を渡りそれから4年近くをアメリカで過ごしました。
言葉の壁、文化の壁、etc。いろんな「壁」にぶつかりは、乗り越え、ぶつかりは、
乗り越えの繰り返し。でも、乗り越えられない「壁」はない。
いや、むしろ、
乗り越えられない「壁」に出合うことにも意味がある。
と、気づいたのです。
それが、自信にもつながっていきました。
教育とは、「導くこと」だと思っています。
誰かに言われて、自分の人生を決めるのではなく、
教育者に出会い、自分の進むべき道を自分で決めていくのです。
私は10代で多くのすばらしい出会いに恵まれ、その「教育者」
との出会いから、アメリカへ渡る決意をしました。
人生の教育者は、親であり、教師であり、友人であり、作家であり、
時には、偶然出会った人であり・・・。
もちろん、まちで拾った石ころや木、海もまた、教育者としての存在です。
今の私も、アメリカに渡ったあの頃のように、私なりに挑戦はしつづけて
いたいです。
日々、出会う人たちや、まわりのものから、多くの刺激を受けています。
だからこそ、
「挑戦しつづけたい」
「成長しつづけたい」
と、ジワジワと沸き起こるおもいがあります。
時には、涙しても、眠れる夜があっても、胃がキリキリしても、
どんなに苦しくても、自分で決めた道に進むためなら、
そんなときがあっても、そんな経験にも「意味」が感じられるは
ずです。
自分で自分の進むべき道が決められる。
進みたい道に出合えるように導き、気づかせてくれる「教育者」に
出会える。
そんな人生は、幸せな人生だと思います。


コメント(1)
石原さんのそのパワーは、10代の頃から健在だったのですな~。
なるほど、納得です。
教育問題、年金問題、環境問題、次から次から社会のしくみに歪がきたしていることを、痛感させられる今日この頃です。
私たちは、自分で出来る「何か」を、真剣に考えて、行動しないといけないですな。
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