2006年07月の投稿

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2006年07月26日

甘やかす怖さ

我が親のことをおもうと、やはり「尊敬できる人」だと心から思えます。
それは、生き方の基本を教えてくれたからです。

「人生の師匠は、世間であり、自然である。だから、常に謙虚でありなさい」。
そう、いつも言い続けていました。

親は我が子がかわいいものです。
だからつい甘やかしてしまいます。
でも、甘やかされ続けて育つと、世間では通用しない「価値観」を得て、
人様に迷惑をかけたり、人様と喜びを分かち合う心が欠けてしまいます。

自分さえ良ければ。
今さえ良ければ。
そんな、生き方、考え方になりがちです。
それは、空しい人生です。
可哀相な生き方です。

誰かのために生きること。
そのために、努力をし、失敗を繰り返しながらもまた成長し、
挑戦しつづけること。
そして、そこから得た出会いや学びに感謝する。
そんな生き方を教えてくれるのも、やはり、親であり、世間です。

最高の仲間や家族との出会いは、お互いを高め合い、心から
信頼し合って、ときには厳しさも持ち合わせる関係です。
そんな関係には、心の満足感が得られます。
安らぎや充実感もあります。

でも、残念ながら、甘やかされて育った人が多いこの世の中。
感謝すること。
努力をすること。
誰かのために必死になること。

それを忘れている人が多いのも事実です。
本当に悲しい現実です。
でも、そのまま・・・は、きっと、ありません。

空しい考え方には、空しい結果があります。
だからこそ、満足できる結果を出すために、考え続けて、
努力をしつづけて、そして、感謝する人生でありたい。
そのほうが、幸せを心から、体じゅうで感じられるはずです。


2006年07月22日

見守っています。

心強い仲間や家族との出会いは、人生をより豊かに、心を満たしてくれます。

一人の力には限界があるけれど、友人や仲間、そして家族が居てくれれば、
出来ないことも出来るようになるし、不可能なことも可能になります。

だからこそ、
自分を磨きつづけて、努力しつづけて、
学びつづけること。
そして、信じつづけることが大事。

「継続は力なり」です。

自分を信じる気持ちがあれば、きっと目の前に道は開けます。
ゼロが一になり、かたちとなってきます。

弱さも未熟さも、弱点も、どんどんさらけ出せばいい。
きっとそれを受け入れて、もっともっと膨らませてくれる
「仲間」や「パートナー」とも出会えます。
だから、おもいを「言葉にして」「態度にする」ことが大事。

自分をそのままさらけ出せる「機会」「場」「雰囲気」があればいい。

そして、あきらめないこと。
やり続けることです。

あなたは、あなたの人生の主役なのですから。

2006年07月19日

大好きな街にて

この連休は祇園祭に合わせて、京都、神戸へと行って来ました。
天候はあいにくの雨。
しかし、雨の京都もなかなか風情があっていいものです。

「龍安寺」の蓮の池(「鏡容池」)も石群の庭園も、
雨だからこそ感じる時間(とき)の流れがそこにはあります。
そして、
朝一番に立ち寄った京大前のカフェ「進々堂」では、濃いコーヒー
に出来たてのパンをかじりつつ、学生や教員らしき人たちに混ざって
ゆっくりと新聞を読み、いつもとは違う時間と空間を満喫しました。

神戸もまた、私にとっては懐かしささえ感じる場所。
夜の神戸を散歩しながら、イタリアンレストランへ夕食を食べに・・・。

旅をしながら、思いついたことを書き留めて。
行く場所、寄る場所で本屋やギャラリーを見つけては立ち寄り。
カフェで休憩して、そこでちょっと本を読んだり、考え事をしたり、etc。

旅の楽しみは、そんな贅沢な時間が満喫できることでもあります。
そして新しい発見があります。
新鮮な気分に心がどんどん軽くなってきます。

今回は残念ながら、大好きな京都の銭湯にも、「園通寺」にも立ち寄れ
なかったけれど、
それでも大好きな街を旅して、いろんなことを私なりに「感じられる」時間
でした。
これでまた、挑戦したいことがノートにびっしりと書き加えられました。


2006年07月15日

私の季節、「夏」到来!!

新しい出会いにいつも感謝です。

生きていれば「人間関係」で苦しむこともあります。
会社を経営していれば、人のことでは常に考えます。
組織にいれば、人の活かし方を常に考えます。

でも、支えられるもの、励まされるもの、学ばせてくれるものまた「人」です。
それは肩書きや地位や年齢や職業は、一切関係ありません。

物事を「かたち」に、「結果」を出そうとすれば、相当な「エネルギー」と「情熱」が
必要です。
それに加えて、必ず優秀な人材が必要です。
優秀な人とは、人間的にトータルで優秀というよりは、それぞれの得意とする部分、
「強み」「弱み」をきちんと理解し、自分の「使命」と「役割」を明確に理解した上で、
行動に移せる人です。

仮説を立てる人。計画が立てられる人。視覚的にで表現できる人。
しくみをつくれる人。まわりを説得できる人。夢を語り続けられる人。数字を正確に
計算できる人,etc。

表現の仕方や価値観はそれぞれなので、お互いに何度もぶつかるし、
涙を流したり、汗をかいたり、あきらめそうになることもあります。
でも、必ずあきらめずに「共有できる目標」があれば、必ず「しくみ」は出来ます。
情熱やおもいは「かたち」になって、「結果」を生むのです。

私の場合の「結果」とは、「継続」であり、「数字」であり、何よりも係った人たち
が「笑顔」で生きてくれることです。

私は、愚痴の多い人。文句の多い人。不平の多い人。人のせいにする人が
好きにはなれません。
一緒にいることができなくなります。
私も弱い人間なので、影響をすぐに受けてしまうので、極力一緒に居ないように
なります。
だからきっと、私のまわりには自然と「笑顔の人」たちが多く居てくれるのかも
しれません。
「価値縁」ってきっとあるのでしょうね。

私の生まれた季節、「夏」。
みんなのお陰で、また大きく何かが動きそうな気配です。

2006年07月12日

夜空の下で蛍に出会う

紫陽花の花々が目を楽しませてくれるこの梅雨シーズンも、
もうすぐ終わろうとしています。
いよいよ夏本番です。

そんな夏を間近にして、やっと蛍を見に出かけました。
去年と同じ川の辺に行ったのですが、時期が遅いせいか、近くで工事をして
いるせいなのか、昨年よりは光の数は減っているような・・・。

でも、暗闇に光る蛍の姿を目にしながら、
川の流れる音と、蛙や虫たちの鳴き声を聴きながら、
自然への愛おしさと、幻想的な風景にウットリした時間でした。

2006年07月09日

休息して・・・

珍しく体調を崩してしまい、心身ともに少しのんびりと過ごした1週間。
寂しいおもいをさせてしまった子どもたちと、今日は久しぶりに中心街へ買い物に出かけました。

夫は週明けが締め切りの論文を書き上げるために大学へ。
いつもは家族4人で過ごす我が家の週末なのに、今週末はちょっと寂しい一日でした。

「パパおそいね~」
と、子どもたちは夫の帰りを待ちながらいつも通りの時間には寝てしまい、
それからは、私の「一人の時間」。
植木に肥料やったり、本を読んだり。キャンドルに火を灯し、大好きなJazzを聴きながら
ワインを飲み、雨の音にも耳を貸しつつ・・・。

“一人でこんなふうに心穏やかに過ごした時間はいつ以来かな~?”
と、「過去のひととき」を振り返りながら時間は過ぎていきます。

体調を崩してしまうといつも以上に心も弱気になってしまうものです。

ここ最近、ちょっと「前向き」な気分になれなくて、必死にクヨクヨせずに頭の中を
リセットするように努めていたのですが。。。カラダは正直なものです。

急激に変化し、いろんなことがわが身に起こったこの1年。
心も身体もこの生活に慣れるのに無理していたのかもしれません。
やっと心が正直に信号を送ってくれたから、体調に表れたのかもしれません。
そう言う意味では大事な時間と出来事だったのでしょう。

もちろん、目の前に起こっている現実には全く後悔はしていません。
だけど、「納得の出来ない現実」が立て続きけに起こって、
ちょっと疲れていました。
いつも一生懸命に、そのときそのときは精一杯に生きてきたつもりだし、
自分の「過去」に全く悔いはありません。
ただ、やっぱりどこかで本当の自分を失っていたのかもしれません。

自分が素直に「好き」と思えるもの。
「正しい」と思えるものに対して、正直に生きることを忘れてしまっていました。

自分が信じられなくなると、すべてが信じられなくなるのです。
だから、ちゃんと自分を信じられるように、
自分に正直に生きることにしました。

自分が「正しい」とおもえる世界と、自分が「好き」とおもえるものに対して、
誰にどうおもわれようと関係なく、
もっともっと正直に生きることに決めました。

社会の評価や誰かのためではなく。
まずは自分のために。自分の幸せのために、
結果的にそれが、誰かの幸せのためになるように・・・。
自分に正直に、一生懸命に生きようと思っています。

2006年07月06日

経験の「質」

10代の頃から何かで悩やんだり、答えが見つからないと、
自分なりに
“この人に話しを聴いてもらおう”
という知人や友人に、
相談にのってもらったり、話しを聴いてもらったりします。

それは場合によっては同年代であったり、
また場合によっては年上の人たちで、なかには90代の人もいます。
そんな年齢の人に相談にのっていただくと、
私にとっては死にたいぐらいに苦しかったり、辛い悩み事であっても、

「若さは財産よ。たくさん辛い経験をしなさい」
と言うたった一言が、
その人からの助言であったりします。

でもその言葉には、「深み」があります。
説得力があります。

人生の経験を重ねた人の言葉は、胸にズシリときます。
言葉の多さでもなく、話しを聴いてもらう時間の長さでもなく、
その人の経験の「質」が言葉の響きになり伝わってくるのです。

だから時々、思うのです。
「時間は財産。経験も財産。」

20代で起業したとき、ある著名な先輩経営者から

「挑戦して失敗してもいいじゃないか。
もしも失敗してもまたやり直せる若さと時間が、あなたにはある。
だから失敗を恐れずに、自分を信じて挑戦してみなさい」と・・・。

そんなふうにその経営者から助言をいただいて、
まもなく9年になろうとしています。

経験の質を考えたら、やっぱり自分自身の本質を再確認します。
どんなに辛い経験や悲しい経験をしても、
そこから改めて、心からの感謝や前向きな気持ちが持てる私でなければ、
言葉の深みは生まれません。

愚痴の多い人。
人のせいにする人。
失敗を恐れてばかりいる人。
責任から逃れる人。

そんな私では、極力いたくないと思っています。
そんな人になると、発する言葉に深みも説得力も感じられないから・・・。

言葉の深みがある「人生の先輩たち」に、
時として直接会って、話しを聴いてもらえる喜びもまた、
私にとっては財産となりうる「経験」でもあります。

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