母の命日が近づくにつれ

今週はじめに東京は二日間も大雨が続き、満開だった桜もその雨で散って
しまうのではないかと、ちょっと心配をしていましたが、私のお気に入りのお花見
スポットの桜たちは、何とかそのままに見事な花を咲かせてくれていました。

でも毎年、この美しい満開の桜を見るたびに切ない気持ちが込み上げてきます。
それはきっと、今年で8回忌を迎える母の命日が近づくからなのでしょうか。

7年前の今頃、私は担当医から母の余命宣告を受けました。
「母の余命は、どれぐらいなのでしょうか?」
という私の問いに、
「桜の散る頃までには。。。」
と医師から告げられました。

それから丁度1ヵ月後に、母は息を引き取りました。
その間に一時退院をした母を私の車に乗せ病院から自宅まで走った道のりで、
満開の桜を目にしました。
「ほら、あんなに綺麗な桜が咲いているよ」
そう母に話しかけたものの、なぜか母は一切桜を見ようとはしませんでした。

あの時の母の心中を思うと、残された時間にただ必死だったのかもしれない。
もしかしたら、最後の桜を見ることが怖かったのかもしれない,etc。
と当時の母の心中を察した時期もありました。
そして同時に、母にもっとしてあげたられたこと。掛けてあげられた言葉があった
のではないか、とも考えたりもしました。
でも、今さら後悔しても仕方がないのです。

それよりも今は、母のお墓参りをして季節季節の綺麗な花々を飾ってあげるほう
がいい。
そう思えるようになったのもこの1、2年です。

「いつまでも過去に執着していてはいけないわ。常に学びの精神で、成長しつづけ
たいと思える自分でいなくちゃ・・・」
そう言っていた母の言葉を思い出します。

たくさんの人に支えながら、私は今もって失敗や勉強のくり返しだけれど、日々
なんとか「成長」の気持ちで生活していることを、母の墓前に報告に行く時期が、
今年もやって来ました。

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このページは2006年4月15日のエントリー「母の命日が近づくにつれ」です。

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