2005年11月の投稿

<< このBlogのトップへ
| 2005年12月 >>

2005年11月30日

私が自慢できること

自分の本にサインする際には、
「邂逅に感謝」
と書かせてもらっている。

 「邂逅(かいこう)」=「出会い」

“本当に「出会い」に恵まれている”
この数日間で、また実感した。

これだけは、私が自慢できること。
私のまわりには、本当にたくさんの素敵な人たちが居るから。
うれしくて、幸せで、ありがたくて。

きっと多くの人たちが信じられないような、そんなたくさんの
「優しさ」や「思いやり」に私は包まれているんだろうって。

どうしたらその「出会い」にお返しができるんだろうか。って、
考えていたら、

やっぱり、
自分の信じた道を、張り切って生きていこう。
と思えてきた。

2005年11月28日

冬も目前だし・・・


「平井堅」のニューアルバム、『歌バカ』をゲットして、今夜はちょっと、
“せつなハッピー”な気分です。

好きな音楽は、ジャズ、ボサノバ、クラシック,etcです。
特にこれからの季節は、盲目のテナー歌手、「Andrew Bocelli」のCDは
欠かせません。

でも、平井堅の歌声と歌詞が好き・・・。

明日から、奈良、大阪、東京に出張なのに、なかなか寝れそうにありません。
「これから」がやっと、私だけの時間。

やらないといけない事もたくさんあるのに、この歌声に「幸せ」と「せつなさ」
に浸ってしまいそうです。

2005年11月26日

食育セミナー、そして・・・

この2日間は、大阪、東京にて、東芝テック様とおいしいハート協賛で
「食育セミナー」を開催。
およそ140名の方々にご参加いただいた。

また、店頭で販売される前に会場では、
私の著書『心を満たす食 心を枯らす食』(経済界)
も販売し、有り難いことに「完売」した。

こうして講師として参加し、
改めて今回のセミナーに携わってくださった、「裏方の皆さん」に対して、
感謝の気持でいる。

私はたった数時間、会場に入って控え室に向かい、講演をして挨拶をして
帰るだけで、
その裏側では、たくさんの人たちが数ヶ月も前からそれぞれに準備をすす
めてくださり、「今日」という日を迎えているはず。
そう思うと、心から、「ありがとうございます」
ときちんと伝えたい気持ちになる。

なかなか皆さん一人一人には、ご挨拶できないのが心苦しいのだけれど・・・、
これからこのような機会を頂戴することは増えるだろうけれど、
ご準備いただく皆さんへの感謝の気持ちも、決して忘れないでいたいと
思っている。

2005年11月24日

葉っぱのフレディ

我が家のまわりの並木も、すっかりと紅葉している。
イチョウの葉は一枚一枚、風に吹かれて地面に広がり
葉っぱのカーペットを敷いている感じ。

この季節なると必ずページを開きたくなるのが、絵本、
『葉っぱのフレディ』。

私にアメリカ行きのきっかけを与えてくれた、教育学者
で、哲学者のレオ・バスカーリ氏の著書である。

「~いのちの旅~」
と、サブタイトルがついてるその絵本を、またこの時期
に読み返しながら、
「終わりははじまり」を意味することを、改めて感じて
いるのである。

2005年11月23日

お茶所、松江

松江と言えば、茶人大名、出雲松江藩7代目藩主、松平不昧公の影響を受けて、
お茶と和菓子が有名である。

亡くなった祖母も、毎日決まって午前10時と午後3時は抹茶を立てるのが習慣
だった。
だから、子どもの頃から祖母の家に行くと、まずは決まってお菓子がでて、次に
抹茶を入れてもらい飲む。
あの苦さをだんだんと美味しいと思って飲めるようになったとき、
なんだか大人になったような気がした。

久々に松江に帰ると、やっぱり和菓子を買いに行く。

有名なのは、不昧公が好んだ「山川」「若草」。
生菓子であれば、季節ごとに視覚でも楽しませてくれる季節折々のものが
ある。

そんな環境で育ったことを、幸せに思う。
やっぱり松江に生まれて良かったな。

2005年11月22日

食育コミュニケーターとは・・・

「我が社で食育コミュニケーターの養成をしたい」。
と、ある会社の役員の方がわざわざ広島までお見えになった。

ここのところ急に、このようなご依頼が多くなってきている。

有り難いことでもあるし、企業におけるこれからの「食育」の展開に
一層期待しつつ、弊社としても、また今回立ち上げる、
『日本食育コミュニケーション協会』としても勢いを感じている。

しかし、
主役は、あくまでも、「食育コミュニケーター」の皆さんである。
それは、いち母であり。いち妻であり。いち人である。
(もちろん男性でもいいのだけれど・・・)

まず第1に、食の専門的な知識が必要なのではなく、
「気づく力」=「想像力」と、「思いやり」と、「コミュニケーション能力」
とが求められる資格なのだ。

食育コミュニケーターとして認定された後は、
「食育」を継続するための、「勇気」と「やる気」が必要になる。

今第1期生たちが巣立ち、確実に「現場」が変わりはじめている。
それは、現場が変化すると同時に、人の心が変化している表れ
なのだとも思う。

誰しも可能性と才能を持ち備えているのだから、
「食育コミュニケーター」の養成を、ひとつの「きっかけ」にして、
その「未知なるもの」が開花されることを、ずっと応援できる私で
ありたい。

2005年11月21日

幸せのふくらみ方

夜景と言えば、神戸の六甲山や「ルミナリエ」も綺麗だけれど、
程ほどの人込みのなかで楽しめるのが、広島の平和大通りの
「ひろしまドリミネーション」の街角ライトアップ。

今夜は、その景色を楽しんできた。

こうして、
美しい景色を見たり。
美味しいものを食べたり,etc。

そんな幸せな「瞬間」というのは、大好きな人の顔が浮かぶ。
もちろん、大好きな人と一緒に食べると、もっと美味しく感じるし、
もっと美しさを感じることが出来る。

やっぱり幸せを共有したり、共有したいと思える相手が居るからこそ、
幸せなんだ。

食材を買っていても、
その食材を使って調理をして、食べてくれる家族の喜ぶ顔が浮かぶから、
買い物も調理も楽しい。

幸せは共有できる相手が居て、またどんどんと、「幸せ」を増していく。
だから、大好きな人と出会えたことに感謝。

2005年11月20日

大事なもの

長女の風花は、しっかり者で生まれたときからあまり手のかからない子。
我慢強くて、自分をしっかりともっているタイプ。

そんな風花が、昨日は、保育所に向かう車の中では機嫌良く、
「ママ、はっぱがきれいね~。とりさんたちもよろこんでるね~」
と話していたのに、
保育所に着いて教室に入るなり、私に抱きついて離れない。
「ママ、いかないで~」「だっこして~」と泣き出した。

15分ぐらいそんな状態が続き、見かねた保育士さんが、
「お母さん大丈夫ですから、お仕事に行ってください」
と、風花を抱こうとしてくださった瞬間、風花がものすごい暴れ方をして
泣き叫んだ。
それでも、後ろ髪をひかれるおもいで、保育士さんに促されて教室を後にした私。

車に戻ってからも、そんな風花の姿が頭から離れず、私も涙が溢れ出てきた。
私の心の中にある張り詰めた糸が音をたてて切れたかのように、涙が止まらない。

出社予定の会社に電話を入れる。
まりさんの声を聴くなり、また涙。
事情を話すと、まりさんが、
「私たちは大丈夫だから。会社はいいよ。今日は風ちゃんと一緒にいてあげて」。
と言ってくれた。
その言葉に甘えて、急きょ、仕事は全てキャンセル。

教室に戻り、風花だけを連れて帰り、それから二人だけの時間を過ごした。
彼女のリクエストで電車とバスに乗って市内をまわり、アンデルセンの本店で
モンブランを食べて、木のおもちゃ屋さんに行った。

いつもどんなときにも、「我慢強くて」「しっかり者」の彼女。
出張に出かける私にも、いつも笑顔で、
「行ってらっしゃい」と言う子が、あれだけ素直に自分の感情を表してくれたのだから、
私はその瞬間をきちんと受け止めてやりたい。と心から思った。
その行動が仕事人としてどうなのかと問われたら、何が正しい答えなのかと、
私自身、明確に答えられないかもしれないけれど、
それでもやっぱり、我が子たちを授かっての、「今」だから。

いつの日か、同じ女性として、そして、人として、風花が私のことを考えたとき、
完璧ではないけれど、一生懸命に、
「愛するべき者を、しっかりと愛していた人」
と理解してくれる日が来るのならば、私はそれで十分幸せである。

「ママは風ちゃんとたーくんが生まれてきてくれて、本当に幸せよ」
と何度も何度も伝えた一日だった。

2005年11月19日

大泣き

重なる「とき」というのは、いろんな「こと」が重なります。
良い「こと」も、悪い「こと」も・・・。

今日は久しぶりに大泣きしました。

でも泣けることは悪いことではありません。
みんな誰もが、「強さ」も「弱さ」も持っているものだと思うし・・・。
私だってそうです。
もの凄く「強い」部分と、もの凄く「弱い」部分を持っています。

自分に素直になることが、悪いことではないような気がします。

思い切り泣いて、泣けたことで自分の弱さも未熟さも改めて感じな
がら、また強くなって生きることができたりもします。

だからこんな自分も受け入れます。
そこから何かがはじまるはずですから・・・。

2005年11月17日

気持ちをのせて

東京もかなり冷えます。
冬ももうすぐです。

定宿の窓の向こうに見える東京タワーの明かりさえも、
「クリスマスツリー」のイルミュネーションに見えてきそう
なこの季節。

今頃アメリカでは、街じゅうがクリスマス一色になっている
ことでしょう。

今年もクリスマスシーズンにアメリカに戻ることは出来そう
にありません。
ホストファーザー、フランクのお墓参りにも行けません。

会いたくても会えない。
辛いです・・・。
“思い切る”ことができればいいのでしょうが、
それさえも出来ないでいます。

気持ちだけでも距離を越えて行ってほしい。
そんなことを、この夜景を眺めておもっています。

2005年11月14日

『海椿葉山』にて

私のお気に入りの場所。
『海椿葉山』 (http://www.naxnet.or.jp/~hayama/)

たった6室しかない旅館である。
ここのお風呂と客室から眺める太平洋は、いつ眺めても
同じ景色を見せることがない。

ここで本の原稿を書き上げてきた。
いよいよ今月25日に発売である。

タイトルは、『心を満たす食 心を枯らす食』(経済界)

食育について。
なぜ食育ビジネスをスタートしたのか。
会社を起こしたきっかけについて。
会社を経営すること。
家族のこと。
子どもたちのこと。
私の夢について、etc。

恥ずかしいけれど、書きたいことは書いたつもり。
大好きな母と祖母の写真も載せた。

「石原さんの名刺代わりのような一冊にしましょう」
と出版社の担当者に励ましていただき、なんとか思い切って
まとめることができた。

あさってには、私の手元に本が届く。

2005年11月13日

休日の過ごし方

子どもの頃の日曜日には、仕事が休みの父と二人で、ちょっと遅めの
朝食を食べに近くの喫茶店(今で言う、「カフェ」)にブランチによく出掛けた。
そして、それから二人で図書館に行くのがお決まりコース。

祖母の介護に忙しかった母は、お昼過ぎからちょっとだけ自由な時間が
できるので、それから家族みんなでドライブに。
今頃の時期には、大山に紅葉を観に行ったり、三瓶山のコスモス畑に
出掛けた。
私のなかに、懐かしい家族の思い出がたくさん残っている。

今の私の日曜日の過ごし方と言えば、これといって仕事がなけらば
午前中は掃除に洗濯、子ども達のことと、家の雑務で時間はあっと言う間
に過ぎていく。

今日は、群馬に住む叔母が送ってくれた無農薬栽培で採れたりんごを
さつまいもとレモンで甘煮にして、子どもたちのおやつを作った。
ちょっと咳が出る風花には丁度いいおやつになる。

それから公園に行って、買い物して、夕食の支度して・・・休日の一日も
あっと言う間に終わり。
今週もまた東京。

限られた我が子たちとの時間のなかで、私の心のなかにある幼い頃の
心が温かくなるような記憶を、同じように残せてやれるのだろうかと、つい
つい考えてしまう。

2005年11月11日

「きっかけ」で在ることの喜び

人生に起こるすべてのことに、「意味」があると思っている。
だからこそ、私にとって辛い経験も、悲しい経験も、苦しい経験も、
すべてに意味があり、無駄はないと思っている・・・。

今日また、食育コミュニケーターさんからお便りを頂戴した。
最近よく、講演した後や食育コミュニケーターさんからお手紙や
メールをいただく。
本当にありがたく受け取らせてもらい、大事にしている。

でも私は、ただの「きっかけ」でしかない。
皆さんのなかにすでに「可能性」や「能力」や「勇気」や「やる気」が
あったからこそ、「きっかけ」によって何かがはじまったのである。

わたしや弊社のことを、「きっかけ」にしていただけることがうれしいし、
幸せなことだと思う。

これからもそんな存在で在り続けていたい。

2005年11月10日

Let's go to Kyoto!

今日は京都。

小売業様向けに、「惣菜」と「食育」の講演をさせていただいた。

大好きな京都での仕事ではあるけれど、残念ながら数時間の滞在。
銭湯もラーメン屋もお寺も、今回はお預け。

でもまた来週も京都に来る予定。
そのときはしっかりと美味しいものを食べて、銭湯にも行けるといいな。

とっておきのご褒美

福島から東京に向かう新幹線の中から、子どもたちが田んぼで駆けまわって
遊ぶ姿を目にした。

思わず、
“うちの子どもたちも今頃、青空の下で砂場遊びでもしてるのかな~?”
とその姿を想像しては、一人で目じりを下げて「ニンマリ顔」になってしまった。

子どもって、本当に可愛い。

保育所に子どもたちを迎えに行くと、必ずクラスの子どもたちが一人、また一人
と近寄ってきて、
「ふうちゃんのおかあさん、きょうね~、わたちおしっこしたんだよ」
と得意げに報告してくれたり、
「みて、これちゅくったの~」
とブロックのおもちゃを見せてくれる子がいたりする。

一人一人に
「すごいね~」
「えらいね~」
とほめていると、
ダダーッと、一太郎がやって来て、
“ぼくのママだぞー”
と言わんばかりに、
「ママ、だっこ~」
と抱きついて甘えてくる。
これは風花にはあまり見られない行動パターン。

我が子はもちろん可愛いけれど、子どもってみんな可愛い。
時には、“怪獣”のような存在にもなるけれど、
ほめてあげると、どの子もみんな体を揺さ揺ささせながら、
はにかんで、どんどん得意げな笑顔になってくる。
そんな姿を見ているだけで、私も幸せな気分になってくる。

子どもは、生まれて来てくれただけで「奇跡」。

我が子たちにも心から、“ありがとう”だから・・・。
歩けたり、話せたり、笑ってくれたり、遊んでくれたり,etc。
それだけで私にとっては、「ご褒美」みたいなもの。

2005年11月09日

ハッピー・コミュニケーション

秋の深まる福島も最高。

今日は、福島のスーパーで食育コミュニケーターの皆さんとの夕食会を
開催していただいた。

それぞれから、「食育の日」の感想と、実績報告をしてもらい、
その後、皆さんとゆっくり食事をしながら仕事やプライベートの話しもして
時間を過ごした。

会終了後、食育コミュニケーターさんの車でホテルまで送っていただき、
「これから」
について話しをした。

「これから」は確実に、もっともっと「個」が、主役になる時代だと思う。
組織や従来の価値感だけにとらわれず、「個」が感じること。思うこと。
信じること。を、どんどん表現していってほしい。
但し、自分だけの中にその考えやおもいを閉まったままにはしないこと。

おもいや考えは出来るだけ表現し、発信し、誰かとコミュニケーションを
はかりながら、どんどん伝えていってほしい。

においのしない野菜の種が、品種改良をされて出回っているという話し。
話し好きの中高年の男性のお客様が増えているという話し。
これからは、「あんこう」がおいしい季節という話し。
今年の「かき」は大ぶりでおいしいという話し、etc。

個々が持っている情報。感じる現場の雰囲気。
それをもっともっと口に出して、情報交換をしていくこと。
そうすれば必ず、「何をするべきか」「何をしたいのか」は見えてくる。

時代も個の価値感も急激に変化する時代だから・・・。
「これが答え」はなくて、皆さんのなかに「答え」はあるはず。

一歩ではなくて、
半歩の前進でいい。
そして、ときには2、3歩後退もしながら、また半歩でいい。

楽しみながらやっていれば、お店もお客様も楽しそうになってくる。
食育コミュニケーターの緑川さんの言う通り、
「笑顔のあるとこ。楽しそうなところに、人は集まってくる」
のだと私も思っている。

「笑顔」は、世界に通じる、“ハッピーコミュニケーション”のツール
なのだから・・・。

2005年11月08日

人間関係の距離感

人の呼び方っていろいろ。

私の場合は・・・。、

アメリカでは・・・。
ホストマザーには、「honey(ハニー)」「lovely(ラブリー)」。
可愛がってもらったスペイン語の女性教師には、「sweet heart(スウィートゥハート)。
愛情を感じてうれしくなる瞬間。


日本では・・・。
家族や親戚、友人には、「なつこ」「なっちゃん」。
一番“私らしく”なれる瞬間。

仕事関係の人には、「社長」「先生」。
今だに慣れない呼び方。
もしくは、「石原さん」。
無難であり、何の違和感もない瞬間。

保育所ででは、「ふうちゃんのお母さん」「いちたろうくんのおかあさん」。
お母さんになる瞬間。

買い物をしているときは、「奥さん」「お嬢さん」。
“見るからに人妻なのかな?”よりは、「そこのお嬢さん」と声を掛けられるほうがうれしいと思う段階で、既におばさんの私。だと思う瞬間。

それ以外に、
「奈津子さん」。
親しみのなかに距離感を感じる瞬間。

そして、
名前を呼ばれたり、名前から特別のサービスが受けられるのが、
行きつけの「美容院」「ホテル」「コスメショップ」「洋服屋」「花屋」。
ここでは、行った瞬間に私の顔を見て、
「石原様、いらっしゃいませ」
と先に名前を呼んでくれる。
決して、嫌な気はしない瞬間。

呼び方で、人間関係の距離感を感じる。
やっぱり相手の名前を覚える。
は大切なこと。
そして次ぎに、
相手のことをもっと知ろう。
と思うことが大事であり、同時に、呼び方のTPOをわきまえることが基本であると思う。

2005年11月07日

心を癒すには・・・

人間関係に疲れたとき。仕事で失敗したとき。失恋したとき。夫婦喧嘩したとき,etc。
落ち込んだり、嫌なことがあったら、どうやってストレス解消するのか?
という話しでひょんなことから、女友達数名との話しが盛り上がってしまった。

それぞれに、
「思い切り飲む」「美味しいものをお腹いっぱいに食べる」「好きな音楽をガンガン聴く」
「ただひたすら寝る」「泣くだけ泣く」,「誰かとしゃべる」etc。

へ~。
みんなそれぞれにストレス解消法があるもんなんだな。
と感心する。

それじゃ、私は・・・と訊かれて。
「温泉に行って、ゆっくりとお風呂に浸かる」か、
「本屋でボーっと立ち読みする」って、
話しをしたら、
「ナツコらしいわ~」
と妙にみんなに納得された。
(ちょっと、その反応には納得できないけれど・・・)

私は、
気持ちの整理がつかないときや、自分の考えをまとめたいときに
必ず行く温泉旅館がある。

時計もテレビもない部屋で、携帯もパソコンもつながらないし、
ただひたすら小川のせせらぎと近くのお寺の鐘の音を聴きながら、
温泉に浸かり時間を過ごす。

娘のように可愛がってくださるその旅館の女将に甘えて、これまで
に何度もそこで「ひととき」を過ごした。

これまでに一度だけ、
心身ともにボロボロになって、その旅館の休みの日にもかかわらず
女将にお願いして、そこに滞在したことがある。

温泉に入ったり、ボーっとしたり、書き物をしたりしていたら、
何となく気持ちが落ち着いてきた。
あの「ひととき」のことは、今でも忘れられない。

2005年11月06日

思いやりと想像力と・・・

「食育」を一言で説明するとしたら、私は、「想像力を身に付けること」
と、答えるだろう。

我が子に対しても、特別に英才教育を受けさせたいとも、何か特別に
求めている「こと」もないけれど。
でも、「想像力」は大事だと常に伝えていきたい。

それも、「思いやりのある、想像力」を。

食卓に並ぶ献立を見て、
「このにんじんはどこで採れたもの?」
「ママ、お仕事から帰ってからこの煮つけをつくったの?」
「この栗ご飯は誰が作ったの?」etc。
そんな会話から誰かに感謝し、自然の恵みにも感謝することに
つながってくれれば、うれしい。

だからこそ、いろんなことを「経験」し、感じられる子どもたちで在って
ほしい。

すべてが「あたり前」で、「感じること」さえできなければ、「想像する」
ことすら不可能になってしまうから。
それでは、余りにも人生そのものがつまらない気がする。

「食」の仕事に携わる人ならば、
お客様の「生活」「暮らし」「価値感」に思いをはせ、喜んでいただく姿を想像し、
商品の提案を考えたり、サービスをしたり、もっと良い商品をつくりたいと
考えるのが、商売の基本。
だから「食育」は大事なことになる。

そのためには、我が暮らしを想像し、私自身について考え、コミュニケーション
をはかり、
そして、気づいて、感じて、行動すること。

行動すれば失敗もする。
傷つきもする。
反省もする。

それを繰り返しながら、また誰かとそんな「不の経験」も「可の経験」について
も、コミュニケーションをはかりながら情報を交換をしていく。
そしてまた、行動すること。続けること。
「結果」はそのとき必ず、見えてくる。

思いやりのある想像力は、きっと、自分自身の幸せにつながっていると思うから・・・。

2005年11月05日

そのままでいいから・・・

「人」って、不完全で、未完成で、足りないところがたくさんあるからこそ、
「出会い」が与えられているのだと思う。

足りない部分を補ってくれる「人」との出会い。
未完成な自分を、ちょっとだけ完全に近づけてくれそうな「こと」との出会い。

完ペキでもない。
未熟な私をそのまま受け入れてくれる「人」たちとの出会い。
生まれてはじめてこのままの私を、そのまま受け入れて、愛情をいっぱい
に注いでくれたのが、父と母だった。

そしてこれまでに、
こんなにも足りないところだらけの私のことを、受け入れ、補ってくれた、
たくさんの「人」たちと「コト」との出会いがあった。

だから今度は私が、
足りなくても、不完全でも、未熟でもいいから、
そのままの「出会い」を受け入れたい。

足りないところがあってもいいじゃない。
そのままでいいじゃない。って、心からそう思えるから・・・。

2005年11月04日

あいまいさのなかの美学!?

自分でも不思議。
毎日、毎日、このBlogを書くのが習慣になってしまった。
誰に読んで欲しいわけでもなく。
たくさんの人に読んでほしいと考慮しているわけでもなく。
ホント、そのまま。在りのまま・・・って感じで。
(でも、少しは考慮しながら書くべきなのかな?)

やっぱり、私には珍しいこと。

いつも人生の意味を考えて。
計画や予定を立てて。
物事は白黒させたくて,etcの私が、何の目的も持たずに、ただひたすら書いている。

書くことが気持ちいい。
ただそれだけで。

こんなふうに、
意味や意義や目的が見出せなくても、

「ただ気持ちがいい」
と思えるものを、
もっともっと大切に出来ていたら・・・、
傷つけたり、失わずに済んだことがあったのかもしれない。

後悔先に立たず。
経験は人生の「財産」なんだろうけど。。。

2005年11月03日

我が家のいつもの朝

我が家で一番の早起きは、1歳9ヶ月の一太郎。

午前6時過ぎには目を覚まし、枕元にある絵本のなかから自分のお気に入りの一冊を選び、一人で、「ムニャムニニャ」と独り言を言いながら読んでいる。

その姿が余りにも可愛らしくて、私は寝た振りをしながら、その姿を薄目を開けてしばらく見ていると、
私の気配を感じるのか、一太郎から、
「ママ、おちて(起きて)、にょんで(読んで)、にょんで(読んで)」
と私を起こす。

ちょっと小声を出して、絵本を読んでいると、
その声で3歳7ヶ月の風花が目を覚まし、恥ずかしそうに、ニコニコとはに噛みながら、
「おはよう~。ね~、した(一階)へいこう。いこうよ~」
とお願いしてくる。

それで、いよいよ私の一日がスタート。

3人で1階へと降りると、
私は、まずは何よりも先に、朝食の準備にとりかかる。
その間にキッチンからリビングに居る風花に、
「風ちゃん、トイレに行っておこうね~」
と声をかけると・・・、

今朝なんかは、
「ふうちゃんね~。ママの車に乗って保育所に行ってからトイレにいくからいいの」
「それにね、ママ~。
ハム太郎は、オチンチンがついていて。ピカチューはオチンチンがついてないのよ~」
と、意味不明なことをわざわざキッチンに居る私の傍まで来て話してくれるので、
一瞬私の頭の中も、
「?!」
となるけれど、
「そうなんだ~。ママはじめて知ったな~。
きっとね、風ちゃん。オチンチンのついてるハム太郎も、オチンチンのついていないピカチューも、朝起きたらイレに行っておしっこしてるんじゃないかな?」
と言うと、
「そうか、じゃ、ふうちゃんもトイレに行ってくるね~」
と一人でトイレへと向かってくれた。

やれやれ・・・。朝から下ネタトークの親子の会話。

そうこうしているとい、
超マイペースな夫は、起きたい時間か起きなければいけない時間に、いつもの朝と変わらず不定期に起きてくる。

「朝いちから授業だったのに、寝坊しちゃったな~」
と言いながら、全く焦っている様子もなし。
さすが、夫君!!
朝からいつものように、
何事にも動じず、気にせず、わが道を行く、“マイペース振り”を、発揮しているのである。

2005年11月02日

星空を眺めて

普段は、深夜に町を歩くなんて皆無に近い生活だから、
今夜みたいに夜の長距離移動は、ちょっとワクワクしてくる。

外の空気はピーンと張っている感じで、このヒンヤリ感が気持ちいい。

夜空を眺めると、無数の星が散りばめられていて・・・。
あ―、幸せ。

10代の頃に毎晩聴いていたラジオ番組、『城達也のジェットストリーム』を
思い出すな~。
深夜12時の私の楽しみ。

ミルクティー飲みながら、夜空を眺めて、心地よいサウンドをバックに
ボーっと過ごす贅沢なひととき。
あの頃が懐かしい。

夜空って最高だ。
それも冬の夜空がやっぱりいい。

2005年11月01日

ムカムカのルンルン

山陰地方は確実に冬に近づいている感じ。
広島県と島根県を結ぶ54号線も、山間部には「凍結注意」の表示が。

本社で過ごすこの2日間は、東京事務所への引越し作業や業務確認で時間はどんどんと過ぎている。
でも、スタッフそれぞれの姿が、今、目の前に見えるこの幸せなひととき。
“やっぱりこのデスクに座っている瞬間って、好きだな~”。

だけど、私の体調はイマイチ。胃はムカムカ。頭はガンガン。

昨晩は、知人が経営する「バー」が今日からオープン20周年記念ということで、一日早くお祝いに行って、ちょっと飲み過ぎてしまった。

でも、このお時勢のなかでこれまで20年間、水商売を続けてきたマスターはすごい!!
商売を続ける秘訣は?とマスターに尋ねたら、
「なっちゃん、それはね、
“欲”を出さないことと、いつも変わらずに商売することだよ」。
だって・・・。

オープン当初から、営業時間、営業日、価格を一切変えていないマスターの、
「商売に対する真摯な姿勢」が、そんなところにもあらわれているうような気がする。

▲ このページのTOPへ

<< このBlogのトップへ
| 2005年12月 >>